S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う

「受付から京極先生にお客様との連絡が入りました」
「お客?」


この時間に来客の予定はなかったはず。いったい誰だろうか。


「T大の藤谷(ふじたに)様とおっしゃっていますが、お通ししますか?」
「藤谷教授? お通しして」


朋久が大学時代にお世話になった恩師だ。今でもたまに連絡を取り時間が許せば飲みにいくこともあるが、事務所までやって来るのは初めてではないか。
ハンガーに掛けておいたジャケットを羽織り、ボタンをはめる。ほどなくしてドアがノックされ、秘書が藤谷を伴って入室してきた。

白髪交じりの髪を七三に分け、くっきりとした二重瞼で濃い顔立ちをした穏やかな風貌の藤谷は、もう間もなく六十歳を迎える。弁護士や裁判官を歴任した後、T大の教授になり現在に至る人物である。

講義のわかりやすさや温厚な人柄から生徒に慕われ、朋久が在学中には非常に人気が高く、ゼミに入るのも容易ではなかった。おそらく今もその人気は衰えていないだろう。

近頃は恰幅のある体型を気にしてか、お酒を控えようかと思案しているらしい。
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