かぐや夢の如し
「そろそろ諦めて、私のモノになる気はありませんか?」

入室に許可した覚えも呼んだ覚えもない。
本来ならこの屋敷にいることすら烏滸(おこ)がましい。
招かれざる客の分際で面の皮が厚い
厚すぎるぞ


久々に妾のとこに邪魔しに来たと思えば相も変わらぬつまらない戯言を吐き捨ててみれば
もう少しましな話でもできないものか

元がつまらぬ男故吐き出す言ノ葉もまたつまらない
この男の為に紡がれる言霊がまっこと不憫でならぬ

さて、どうしてやろうか
このまま黙っても良いが、それも些か面倒事になろう

はぁ…
表情を隠す為に顔元に寄せている扇が機能を放棄している
分かるように溜息をついたのは妾自身であるが
「貴様がどれ程に望んでいても妾が貴様のモノになる事は永遠(とこしえ)にないと心得よ」

最もこやつの言っている自分のモノとは文字通りモノ扱いである
現に今の妾は監禁状態であるからにて好きに屋敷から出ることが出来ないのが証明しておる

「今日の所はこれにて失礼しますが次回は色良い返事をお待ちしておりまする」

言うが否や迷惑な男は部屋から出ていった
部屋と言っても格子付きで扉に施錠もしてあるおもてなし付き

屋敷の主は妾だというのに随分と傍若無人振りである
だからこそ一刻も早く妾との婚姻をしたいのでろうが
妾なしでは(まつりごと)はできぬし、この世界全てを操ることもままならないであろう。


コトン…
妾が背にしている背後から錠前が外される音が聞こえる
おかしいのう…先程の迷惑な客以外にこの部屋に入る者はおらぬはずじゃが

姫様(ひいさま)許可なく部屋に入り、ご尊顔を拝む無礼をどうかお許し下さいませ」

誰じゃ?
世話をする腰元にもかような少女に近い顔は見たことがない
「なんの用じゃただ無様に顔を見に来ただけとはあるまいな」

まさか妾を殺そうと刺客でも送られたのだろうか
先程まで我がものにせんとしようとした輩が暗殺者を送るとは思えんが
しかもただの侍女で殺しを命じられたこともなさそうな少女に?

「ただ貴方様をここから出そうとするその一心で参らせて頂きました
どうか今は何も聞かずにただ(わたくし)についてきてくださいませ」

愉快なやつじゃ
入室の許可を得ず、声をかけた訳でもないのに失態を重ねることを気にせず妾を出す為に、その為だけに来たという
「妾が姿を消せばそなたも無事ではすまぬが?」

良くて四肢を斬られ何処かへ捨てられるか、悪くて斬首だろうに
「私はそれでもあなたを救いとうございまする。」

事実妾がここで逃げなければ二度とここから出れないであろう、こやつの願いを無為にすれば護衛という名の監視が増え、この侍女は死ぬ

「仕様のないか、暫し妾はここを離れる
他のものにもこう伝えよ『妾のいぬ間は任せた』と」

「御意に」
本当はここにいても良かったのだけど幾ら下のものとはいえ部下にここまで言わせたのだ動かなければならぬだろう

「それと、お主は月詠(つくよ)の所で世話になるがよい」

さて裳唐衣(もからぎぬ)のままでは動けまい
何枚か置いていくか

「姫様時間がございません
そろそろ外へ」

月詠や那月に伝える時間すらもないな

「姫様、大丈夫です。
部屋の外に人影はございません。」

さて行こうか
久しぶりの人がおる世界へ

これが逃亡じゃなければ楽しめるんだがな
こればかりは仕方ないか
< 2 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop