魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「そうだ。きっとレインが作った回復薬は、少しの量でもかなりの魔力を回復させてくれそうだ」
 つい、ライトも声を弾ませてしまう。

「お兄様。そういうのをなんて言うか知っていますか?」
 彼女が言う「そういうの」がいまいちピンとこない。だから、ライトは「いや」と答える。

「兄バカっていうらしいですよ?」
 ふふ、っとレインから笑みが漏れた。
 魔力を失ってから、彼女がこんなにも饒舌に、そして楽しそうに笑ったのを見たことがあっただろうか。

「それは、否定しない」
 ライトがレインを見つめる眼差しも優しい。

「風が出てきたな。そろそろ戻ろう」

「そうですね。お兄様は明日、戻られるんですよね。早めにお休みになった方がいいですね。付き合わせてしまってごめんなさい」

「いや、問題ない。今日はレインのおかげでとてもいい夢がみれそうだ」

 二人、手を繋いだまま祖母の家に戻る。
 ライトはベッドへと潜った。狭い家であるのにこうやって寝る場所まで準備してもらえた。レインは祖母と一緒に寝ているはずだ。
 乾いた布団をかぶると、なぜかお日さまの匂いがした。王都の屋敷にいるような贅沢な暮らしではない。だけど、幸せを感じるのはなぜだろう。この家になら安心してレインを預けることができる。そう思いながら、ライトは目を閉じた。
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