最愛ジェネローソ
よし君を困らせてしまった。
掴んだ手を静かに、引っ込める。
「俺、夢中になり過ぎてたね。ごめん」
「ううん。本当に何でも無かったの。ごめんね、邪魔して」
可笑しなことをしてしまった。
反省しながら、自分も仕切り直して、展示資料に視線を戻す。
それでも、よし君はいつまでもこちらを気にして、そっと尋ねてくれる。
「退屈?」
「そんな。全く。面白いよ」
確かに、楽しんでいる。
実家にお仏壇があり、お盆とお正月には読経していた。
その経本の中の文字の羅列が、一体どんな意味を持つのか興味があり、調べていた時期だってあった程だ。
純粋に楽しんでいることが、事実だ。
「じゃあ、何だったの。さっきのは」
こちらが本心を伝えたとて、よし君は少しも諦める気は無さそうだった。
それどころか、瞳が輝いて見えて、また戸惑う。
「やから、何も無いって……ば……」
自分が台詞に詰まってしまったのは、彼の顔があまりにも柔らかかったから。
声だけを聞いていれば、意地悪をして楽しんでいるような口調でしかないのに、それを言っている表情は、こちらが膝から崩れ落ちてしまいそうな程に甘ったるく、柔らかい表情をしていた。
愛犬、愛猫を愛でる人たちの様なものとは、全く違う。
「あ……、えっと」
「何も無い訳ないでしょ。華さんから何かをしてくれるなんてこと、絶対に無かったから」
そう言って、じっと見つめられたとしても、何も言い返すことが出来ない。
彼を見ているだけで、胸がぎゅうと切なくなって。
もっと距離を詰めたくなって。
彼の心の内にまで、立ち入りたくなってしまう。
悶えるような想いは、どうしても形容しがたい。
「自分でも、分からなくなってて……」
ただでさえ静か過ぎる、この空間で小声とはいえ、会話を続けるのは良くない。
よし君と先に進むことを促した。
「ほ、ほら。次も見ていこうよ」
よし君は渋々といった風に、ようやく歩き出してくれた。
彼の背中について歩きながら、考えていた。
この博物館に辿り着くまでも、駅のホームに降り立った時も、電車内での会話ですら。
1つずつ思い返すと、どれも胸が熱くなる。