最愛ジェネローソ
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見学を終え、満足した自分たちは、博物館を後にした。
そうして、到着した旅館は年季を感じる老舗で、本格的で立派な日本家屋だった。
非常に上品で、だけど心が躍る。
仲居さんの丁寧が過ぎる応対から所作までの一つ一つが、その上品さを増々際立たせている。
さらに、客室の襖をよし君が開いた後ろから、待ちきれずに覗き見た。
「わ……素敵」
これには、目を輝かせずには居られない。
畳のイグサが、いまだ爽やかに香り、畳の端のスペースには、無垢の木が敷かれている。
格子の障子からは、外の自然光がほんわりと灯っている様。
外観は趣があったが、客室はリノベーションが施され、近年のデザインに寄せた印象なのが、また最高だ。
「気に入ってもらえた?」
「これは、素晴らしいと思います……!」
「良かった」
よし君の、その何気ない反応で、すぐに察してしまった。
この旅館を選ぶときに、漏れなく自分のことを思い浮かべながら、悩んでくれたのだろう、なんて。
なんて、自意識過剰なのだろう、自分は。
そう思っても尚、今回の旅行を計画している最中のよし君の様子が、浮かんでしまう。
自身の喜びのように、既ににこやかによし君が、こちらを見守ってくれていたことに気が付く。
その表情に照れ臭くなって、必死に平常通りに努める。
「お、お茶、飲んで一服したら、温泉行く?」
「うん。そうしよう。夕食まで、まだ時間があるし」
備え付けのポット、急須で煎茶を入れた。
座卓で向かい合いながら、会話を交わす。
障子を開くと、現れた大きな窓から見える、山の上からの景色に2人で声を揃えて感動した。
そして、ここまでの道のりの途中に見かけた、見慣れない形状の建物の話、先ほど行った博物館の感想や日常の他愛の無い話まで、一切会話は止まらなかった。
一服したら、2人で温泉へ向かった。
全身を綺麗にしてから、湯船へと浸かる。
少し熱めの温度が、身体に深く深く染みていく。
気持ちまでもが、解けるようだ。
落ち着いた途端に、今日の出来事が溢れ出した。
――1日中、ドキドキしてたな。
ずっと、程好い緊張感が続いていた。
こんなに幸福で、充実するなんて。
しかも、その相手が学生時代に、ある意味で片思いをしていた人だとは。
当時は、会話どころか、挨拶すら出来ないような関係だった筈なのに。
今では、それが信じられない程、和やかに一緒に居ることが出来る。
会話を交わしている最中には、すっかり忘れているけれど、後でよくよく思う。
――あの中学生時代が、今では信じられない。
信じられないし、拭い切れていない。
「水川」の存在も。
久しぶりに思い出した瞬間に、悪寒が走る。
かつて、自分に集団で嫌がらせを仕掛けてきた主犯の「奴」だ。
その集団の中に、よし君も居たのだった。
ある日を境に、よし君はその集団から離れていたようで、突然そこからは居なくなっていたけれど。
主犯であった「奴」とも、社会人になってから再会した。
仕事終わりの電車の中で鉢合わせてしまい、当時と変わらず、嫌な台詞だけを浴びせられ。
中学時代には見下げていた「奴」の身長も、社会人にもなれば、見上げる程に変わっていた。
その際に、太股や足の付け根部分、お尻の方などを触れられ、非常に不愉快な思いがした。
思い出すだけで、身の毛がよだつ思いだ。
――いや、止めよう。
今は関わり合うことは無い人のことなど考えるのは止めて、目の前の現実にある幸福だけを見ておこう。
白くとろみのある不思議な温泉水を掬い上げ、今は兎に角、この非日常を堪能する。