フヘンテキロマネスク
こうして彼女が自分を追い込んでることも、彼女の努力も葛藤も、誰も知らないままだと思うとやるせない。


なかったことにしていいわけないのに、ぜんぶなかったことみたいに消えていってしまう気がして。


だからせめて、俺だけはそれを覚えていたいと思った。



「……来栖さん、まだ練習してたの?」


偶然を装って、ピアノ練習がひと段落したところで声をかける。そうすれば、突然のことにびっくりしたのか大袈裟に肩が跳ねる。その仕草さっきも見たな、と思い出して思わず小さく笑ってしまった。



「え!鈴本くん!?なんでまだいるの!?」

「まだ、って俺のセリフだよ。あれからずっと今まで練習してたの?」

「……そう。みんなの前で言っちゃったからには、少しでもマシにしないとなって」


これ、他の人には言わないでね。と恥ずかしげに笑う彼女に、胸のあたりが擽ったくなってひとりでに首を傾げた。
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