嘘は溺愛のはじまり
「楓は、あまり篠宮の姓を名乗りたがらないんだ」
「そうなんですか……」
そう言えば、初めて会った時もそんなことを言っていた気がする。
『自分の苗字、嫌いなんだ』って――。
「楓は人の懐に入り込むのが上手いし、営業向きだと思ったんだけど……うちの会社に入るのも拒否されて」
伊吹さんは「困った子だよね」と笑いながら、でも、どこか嬉しそうだ。
「料理を作ったり、接客したりしてる方が良いんだって。仕方ないよね」
「楓さんの作るお料理は、全部とても美味しいです」
「そう言えば、今日も試食に付き合ってくれたみたいだね。ありがとう」
「いえ、あんなに美味しいお料理を一番に食べさせてもらえるなんて、光栄です」
「そう? まぁ、俺は結麻さんの手料理の方が美味しいと思うけど」
サラリと言ってのけられ、私は思わず言葉に詰まった。
私の適当な家庭料理と、お店に出している楓さんの料理では、あまりにもレベルが違うと言うのに……。
「結麻さんが作る料理は、お母さんから教えてもらったもの?」
「……いえ、えっと……」
私の歯切れの悪い答えに、伊吹さんは不思議そうに私の顔を覗き込む。
「……私の家は共働きで……」
「うん、そう言ってたね」
「母は、仕事は出来るんですけど……あまり家事が得意じゃなくて……」
身内の恥をさらすようで言葉にしにくいけど、どうせ私の汚い過去はほとんど言ってしまったあとだ。
今更自分を綺麗に取り繕う事なんて不可能だから、私は全てを言ってしまうことにした。