嘘は溺愛のはじまり
「普段は滅多にこっちに来ないからね。黙っててすみません」
「い、いえっ、あの、私も気づかなくて……。申し訳ありませんっ」
「改めまして……取締役の篠宮和樹です」
篠宮取締役の言葉に、私は慌てて頭を下げた。
それにしても、カフェのマスターが、取締役……?
いや逆か、取締役が、カフェのマスター……?
いまだ状況を理解できないで混乱していると、伊吹さんが「結麻さんも座って。あ、こっちにね」と、自らの隣を指し示す。
思わず躊躇してしまった私を見た伊吹さんは、やわりと腕を引き、私を自身の隣へと座らせた。
「和樹さんには普段は子会社の方に行ってもらっていて、そこが試験的に起ち上げたのがあのカフェなんだよ」
「まだ大々的に公表できるほどじゃないから、細々とね。楓くんにも手伝ってもらって」
「結局いちばん楽しんでるのは楓だな。和樹さんにはいつもご迷惑をおかけして、すみません」
「ははは、迷惑だなんて。むしろ助かってるよ。楓くんの出すランチ、人気だから」
ふたりの会話を、私はぼんやりと聞いていた。
だってまだ実感が湧かない、篠宮取締役がマスターと同一人物だったなんて……。