嘘は溺愛のはじまり
役員フロアへ移動し、今まで秘書補助の事務仕事を一手に担ってくれていた野村さんに結麻さんを託して、執務室へと向かう。
執務室の前にいる専属秘書の笹原がいつもと同じように俺に頭を下げて挨拶をするのを見届けて、奥の執務室のドアノブに手をかけた。
「……笹原」
「はい、なんでしょう」
挨拶を終えて頭を上げた笹原の表情が、いつもと違って口端がわずかに上がっていたことに対してひとこと言ってやろうかと思ったが、どうせからかわれるだけだ、と思い直す。
「……いや、なんでもない」
俺がそう言うと、笹原は特に何も返事を返すことなく、小さく会釈をして、俺が執務室へ入るのを見送った。
――笹原は入社が同じ、つまり同期だ。
俺が社長の息子だと知っても、普通に接してくれた唯一の人物だ。
入社してすぐ俺は営業部に、笹原は総務部に配属された。
営業で一通り仕事を覚え、成績を上げ、30歳になるのを機に専務へと就いたときに、俺が「笹原を秘書にしたい」と希望した。
同期、かつ、腹心の部下。
俺の仕事も、プライベートも、全てを知っている男だ。
だからきっと、俺の考えていることなど全てお見通しだろう。
案の定、結麻さんが野村さんに連れられて挨拶に来た後、笹原は俺に意味ありげな顔を向けた。
「……笹原。なにか言いたいことがありそうだな」
「……いや、なにも?」
「ではなぜ笑ってる?」
「さあ? お前もついに結婚かな、って喜んだからじゃねえの?」
「……本音は?」
俺が問うと、笹原は「公平公正が、聞いて呆れる」と言って、言葉とは裏腹に、楽しそうに笑った。
笹原の言葉に、反論の余地もない。
「まあでも。社長も喜ばれるだろうよ、やっと息子が身を固める気になった、って」
「別に、結婚したくなかったわけでは……」
「はいはい。良かったな、運命の人に出会えて」
俺が少し睨むと、笹原はさっさと「専務、本日のスケジュール確認をお願いします」と秘書モードに切り替えた。
執務室の前にいる専属秘書の笹原がいつもと同じように俺に頭を下げて挨拶をするのを見届けて、奥の執務室のドアノブに手をかけた。
「……笹原」
「はい、なんでしょう」
挨拶を終えて頭を上げた笹原の表情が、いつもと違って口端がわずかに上がっていたことに対してひとこと言ってやろうかと思ったが、どうせからかわれるだけだ、と思い直す。
「……いや、なんでもない」
俺がそう言うと、笹原は特に何も返事を返すことなく、小さく会釈をして、俺が執務室へ入るのを見送った。
――笹原は入社が同じ、つまり同期だ。
俺が社長の息子だと知っても、普通に接してくれた唯一の人物だ。
入社してすぐ俺は営業部に、笹原は総務部に配属された。
営業で一通り仕事を覚え、成績を上げ、30歳になるのを機に専務へと就いたときに、俺が「笹原を秘書にしたい」と希望した。
同期、かつ、腹心の部下。
俺の仕事も、プライベートも、全てを知っている男だ。
だからきっと、俺の考えていることなど全てお見通しだろう。
案の定、結麻さんが野村さんに連れられて挨拶に来た後、笹原は俺に意味ありげな顔を向けた。
「……笹原。なにか言いたいことがありそうだな」
「……いや、なにも?」
「ではなぜ笑ってる?」
「さあ? お前もついに結婚かな、って喜んだからじゃねえの?」
「……本音は?」
俺が問うと、笹原は「公平公正が、聞いて呆れる」と言って、言葉とは裏腹に、楽しそうに笑った。
笹原の言葉に、反論の余地もない。
「まあでも。社長も喜ばれるだろうよ、やっと息子が身を固める気になった、って」
「別に、結婚したくなかったわけでは……」
「はいはい。良かったな、運命の人に出会えて」
俺が少し睨むと、笹原はさっさと「専務、本日のスケジュール確認をお願いします」と秘書モードに切り替えた。