嘘は溺愛のはじまり
* * *

なるべく無駄な接待はしないようにスケジュールを調整していたが、どうしても外せない接待や商談というものもある。

このシンガポールへの出張も、そのひとつだった。


せっかく結麻さんとの親密さが増してきたと思っていたところへ、2泊3日の海外出張だ。

そんなに長い間彼女と離ればなれになるなんて……。

とにかく現地での商談を早く終わらせるしかない。


いくつもの商談と会食を重ね、夜、ほんの一瞬だけ自由になった隙に、日本にいる結麻さんに電話をかけた。

会いたくて仕方がないが、いまは電話しか手段がない。


ホテルに帰ればテレビ通話という手もあるが、時差の関係もあって、俺がホテルに戻る頃には結麻さんはそろそろ休まなければならない時間だろう。

電話で我慢するしかない。


とにかく声だけでも聞きたくて、携帯電話を操作する。

すぐに応答があり、聞きたくて仕方がなかった声が、耳に届いた。


……ああ、結麻さんの声だ。

優しくて愛らしい、彼女の声……。


彼女の声を聞いて、ますます早く帰国したい気持ちになる。

少しでも早く結麻さんの元に帰りたい。

これから会食する相手が一番難関の商談相手だ。

うまく話がまとまれば、早く帰国できる可能性がある。


一分でも、いや、一秒でも早く彼女の元に帰るために、俺は気合いを入れて会食に臨んだ――。

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