嘘は溺愛のはじまり
思ったよりもスムーズに商談が進み、社長である父のはからいで、一足先に日本へ帰国することになった。

まる一日近く早く帰国できたことになる。


「……専務」

「なんだ」

「……顔、にやけてんぞ」

「……うるさい」


日本へ向かう飛行機の中、隣に座る笹原が、秘書らしからぬ言葉遣いで俺をからかう。


「土産もいっぱい買ったし、なあ?」

「だから、うるさい」

「はいはい。ああそうだ、専務。社長から伝言をお預かりしております」


笹原を秘書につけて二年だ、こいつが急に秘書モードに変わることにももう慣れた。

ひと睨みしながら「なんだ」と答えると、笹原は秘書スマイルで恭しく頭を下げた。


「社長夫人が専務のお宅に泊まられているそうです。『邪魔をしてすまない』とおっしゃっておられました」

「……」


母が……。

結麻さんはすっかり母に気に入られてしまったようだな。

きっと突然訪ねてきたに違いない。

母が結麻さんを困らせていなければ良いけれど……。


そして、ふと、思いつく。

……“邪魔”だなんて、とんでもない。

むしろ、大歓迎ですよ、母上。


「専務。顔がニヤけてますよ?」

「……うるさい」

「やらしーこと考えてただろ?」

「だから、うるさい」

「うわー。若月さんに言っちゃおー」

「笹原」


俺が睨むと、笹原は両手を少し挙げて「はいはい、静かにしますよ」と呆れたように笑いながら答えた。


日本まで、あともう少しだ。

俺は座席に深く沈み込み、目を閉じた――。

< 227 / 248 >

この作品をシェア

pagetop