嘘は溺愛のはじまり
* * *

どうしても一本電話をかけなければならなくて、役員会を一時的に抜けて自分の執務室へ戻ってきている時だった。


執務室の内線が鳴る。

秘書の笹原からではないらしい。

この部屋に直通の内線をかけてくるのは、普通は笹原か、野村さんと結麻さんぐらいだ。

番号を確認し、誰からのものかを調べる。


「……はい、篠宮です」


不機嫌を声にのせないように気を付けて名乗ると、電話の主も、少し緊張した声で名乗った。


『人事課の、奥瀬です。不躾なことをして、申し訳ありません』

「……用件は?」


問うと、結麻さんが総務部に来た際に、総務部長のことが気にかかったと言う。

腕を掴んで談話室へ連れ込み、至近距離で接していたと言うのだ。


『こんなことを直接申し上げるかどうか迷ったのですが……総務部長は若い女子社員にそうやって少し強引に近づくことが多いらしいと、他からもいくつか苦情も出ているので』

「……分かりました。少し調べて、対応を考えます」

『よろしくお願いします』


総務部長の谷川か……。

確かに、あまり良い噂は聞かない。

ちょうど役員会の最中だ、会議室に戻ったらこの件も議題に挙げた方が良いだろう。


――この時、こんなに悠長に構えていたことを、俺は後々とても後悔した。

もっと早く動いていれば、結麻さんをあんなに怖い目に遭わせることもなかったのに……。


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