嘘は溺愛のはじまり
――土曜日だと言うのに、今日はどうしても外せない会合があって、俺はいま社用車の中にいる。
「専務、眉間に皺が寄ってますよ」
秘書の笹原が薄ら笑いを浮かべているのがミラーに映っている。
そりゃあ眉間に皺も寄るだろう、せっかくの土曜日なのに。
結麻さんとゆっくりしたいのに。
「その顔で取引先に会わないで下さいね」
「……分かってる」
笹原の盛大なため息が聞こえる。
……ため息を吐きたいのは、こっちの方だ。
車は、ホテルのエントランスへと滑り込んだ――。
昼間の会合と夜の会食の間に、少しだけ時間が空いている。
その隙間を狙って、従妹の理奈が「結婚式のドレスを選んで欲しい」と言ってきた。
無理だと言っても聞き入れてもらえず、俺は会合場所近くの店に呼び出されて、なぜか理奈の着るドレスのカタログを眺めると言う事態になっていた……。
「ねぇ、伊吹も一緒に選んでよぉ」
心ここにあらずの俺に、理奈は拗ねるように口を尖らせた。