嘘は溺愛のはじまり
それから数日後のことだ。

執務室の電話が鳴った。内線だ。


見覚えのない番号だが、直接かけてくる人間は数少ないうえに、心当たりがあった。

受話器を上げると、俺が声を出す前に、切羽詰まった声が耳に飛び込んでくる。


『奥瀬ですっ! 若月がっ、書庫に、閉じ込められたかも知れませんっ!』

「……どういうことだ!?」


奥瀬は走りながら電話をかけているのだろう、ところどころ声が飛ぶ。


『谷川、部長だと思います、気づいたらいなくて、総務で管理してる鍵も、一本無くてっ』

「……っ」

『いま、書庫に向かってます、出来れば専務も、お願い出来ますか!?』


言われなくても、向かうところだった。

飛び出すように執務室を出ると、笹原が「どうかされましたか?」と驚いていたが、悠長に返事をしている暇はない。


走りながら「結麻さんが書庫に閉じ込められたらしい!」と半ば叫ぶように言うと、背後から「野村さんに鍵をもらっていけ!」と笹原の声が飛んできた。

俺はそれに手を上げるだけで答え、先を急いだ。


野村さんに簡単に事情を話し、書庫へ向かう。

結麻さんのことが心配なのだろう、野村さんも俺の後を追ってきた。


書庫の前に着くと、俺より一足先に駆けつけていた奥瀬が総務部に保管してあったスペアキーで開錠をしたところだった。


奥瀬と俺はお互い無言で書庫へ飛び込む。

どこだ、どこにいる……!?


前を走る奥瀬の後を追う。途中、結麻さんが履いていたはずのパンプスが床に転がっていた。


くそっ! 許せない……!

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