嘘は溺愛のはじまり

「野村さんは遠くから通われてるんですか?」

「乗り換えありだよー。徒歩も含めて小一時間はかかるかな」

「結構大変ですね」

「でもこの会社に入りたかったからねー。頑張るわー」


大手商社。

一流大学を出ていても、誰でもが入れる会社ではない。


「T駅って言えばさぁ……専務の自宅もその辺りだったかなー」


――ドキッ。


当然の事ながら、私と篠宮専務が一時的にでも同居していると言うことは、秘書課の皆さんにも秘密にしてある。

役員と一介の平社員が同じ住まいだなんて知られたら、きっと大ごとになるに違いない。

それは恐らく篠宮専務も承知していて、「このことは一応内緒でね」と釘を刺されている。

もちろん釘を刺されなくても、言うつもりは無いけど……。


「……へぇ、そうなんですね」

「そうそう。通勤途中とか休みの日とか、家の近所でバッタリ会ったりしてー。いいなー」

「あ、はは、そんな事になったら、緊張しちゃいます」

「若月ちゃん可愛いー。でもそうだよね、専務と街で会ったら私だって緊張するわー」


お弁当のおかずを口の中へポイと放り込みモグモグと咀嚼しながら、野村さんはニコニコと笑っている。

私は少し頬を引きつらせながら、本当は毎日、朝の起き抜けからずっと、なんなら夢の中までも緊張してます、なんて心の中で思ったりした――。


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