嘘は溺愛のはじまり
「……若月さん」
「はい。何か、不備があったでしょうか……?」
「……この住所、合ってる?」
「え……?」
書類に目を通すために少し俯いたまま視線だけを私に向ける奥瀬さんと、目が合った。
さっきまでの穏やかな優しい表情とは真逆の鋭い瞳に、思わず戸惑ってしまう。
「この住所……俺の記憶違いでなければ、篠宮専務の自宅なんだけど」
「……あ、の…………」
まさか人事部の担当者が、篠宮専務の自宅住所を詳細に覚えているなんて……。
混乱して何も答えられないうちに、奥瀬さんは冷ややかな瞳を私に向けていた。
「それと……」
え、まだ何かある……?
「俺のこと、覚えてる?」
「……え?」
「……覚えてないんだ」
「あの、人事部の、奥瀬さん、ですよ、ね……?」
奥瀬さんは書類から顔を上げ天井を仰ぎ見て、右手で額を押さえる。
「まぁ、そうだよなぁ……」
「え、あの、以前どこかで、お会いしましたか……?」
「……守られてたもんなぁ、若月」
「まも、られ……?」