嘘は溺愛のはじまり

歩きながら、お互い名前以外のほんの少しの自己紹介をし合うと、楓さんは私より一歳年上だと言う。


「歳もほぼ変わらないんだし、敬語じゃなくていいよ?」


そう言って笑う彼は、やっぱりマスターが纏う雰囲気とよく似ていた。

楓さんは昼間の責任者らしいから、マスターが安心して任せられる人をと思って選ぶ時、自らと同じ雰囲気の人を、と思ったのかも知れない。

マスターと同じくとても優しい雰囲気だから、やっぱり話しやすいし、なぜだか安心できる。

ついつい話しすぎてしまいそうになるほど、マスターも楓さんも、聞き上手だ。

だけど――。

私は一度敬語で接してしまうとそれ以降は言葉を崩すのは苦手で、それを説明すると楓さんは「そっか。まぁ強要するようなことはしたくないから」と言ってくれた。

私が敬語で話すのは、本当はそれだけが理由じゃないけれど……。


マンションが見えてきた。


「送って下さって、ありがとうございました」

「どういたしまして。おやすみ、結麻ちゃん」

「はい。おやすみなさい」


深々と頭を下げる私に、楓さんは笑いながら手を振った。

エントランスをくぐりながら振り返ると、楓さんはまだ手を振っている。

私はもう一度、ペコリと頭を下げた。


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