婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
それで奈子は午後六時には渋谷駅に着いていたけれど、そこからひとりきりの家に真っすぐ帰る気になれず、駅の近くにあるカフェにふらふらと立ち寄った。
コーヒーを買って、混み合う店内をさまよう。
端にある小さな丸テーブルを使っていた二人組が席を空けてくれて、奈子はお礼を言い、入れ替わるようにソファに座った。
ため息をついて、苦いコーヒーを喉に流す。
(実家に帰っちゃおうかな)
まだスマホの電源を入れていないのでわからないけれど、おそらく両親も心配して連絡をくれている。
縁談を決めた行高は、責任を感じているかもしれない。
どうせ宗一郎が家に戻らないのなら、奈子がどこへ行こうと気にも留めないはずだ。
今までバカみたいに帰りを待っていたのは、ただ、宗一郎に会いたかったから。
ほんのちょっとでもそばにいられるなら、何日でも待っていられた。
でも、もうそうする意味がない。
そうはいっても、いつまでもスマホの電源を切っているわけにはいかないので、奈子は覚悟を決めてバッグに手を伸ばした。
「あの、すみません」
突然声をかけられ、パッと頭を上げる。
コーヒーを片手に持ったきれいな女の人が、そばに立っていた。