婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
鎖骨まであるブラウンの髪を片方の耳にかけ、ネイビーのカーディガンを肩にはおっている。
ゴールドのピアスがすっきりとした顎の横で揺れていた。
「ここ、座ってもいいですか。ほかに席が空いてなくて」
奈子の向かい側のソファを指さして言った。
ついさっき奈子が来たときも店内はいっぱいだったから、わざわざあたりを見回してみなくても、ほかの席がすべて使われていることはわかる。
奈子は慌ててうなずき、テーブルの上に置いていたカップを引き寄せた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
女性がにっこりとほほ笑む。
猫のような目に細い鼻梁、丸い頬の美しい顔立ちをしていて、笑うと口の端に小さなえくぼが見えた。
上品で、洗練されていて、指先を飾るピンクベージュのネイルが控えめでかわいい。
年齢はおそらく三十代半ばくらいだろう。
奈子はほほ笑み返してから、バッグの中を覗いた。
スマホを捜し当てて取り出す。
真っ黒な画面を見下ろして、奈子はしばらくためらっていた。
宗一郎からの着信を二回拒否した。
あれから何度連絡がきているか、答えを知るのが恐ろしい。
ゼロかもしれないのだから。
宗一郎があきらめていたとしても、奈子にはがっかりする権利がない。