婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

「鬼灯宗一郎と奈子の結婚は、ホーズキとあかり銀行の関係が今後数十年は強固だってことを意味してる。実際、報道に注目してるのはほとんどが投資家で、株価も相当動いてるし。だから奈子は、今まで私にも婚約のことを黙ってた。下手したらインサイダー取引になるもんね」

「はあ、なるほど。名家の結婚ってすごいなあ、迂闊に惚気話もできないわけだ」

樹が興味深そうにうなずいて、日葵の手の中の記事を指さした。

「つまりこの記事は、グループの経営戦略のために、鬼灯宗一郎が書かせたんですね」

奈子は耳を塞いでしまいたかった。

ぐるぐると目が回っている。
追い詰められ、逃げ場をなくした小羊みたいに。

もしも日葵の推測が正しいのなら、記事にはもうひとつ意味がある。

宗一郎は奈子が婚約を破棄する余地を完全に潰したのだ。
こうなった以上、たとえ行高でも反故にすることはできないだろう。

松濤の家の小さな書斎でいたずらっぽく笑った宗一郎のことを信じていたかった。
あんなふうにひとつずつ、ふたりの宝物を増やしていけると。

でも宗一郎はもうそこにはいない。
奈子はこの先ずっと、あの書斎でひとり膝を抱え、宗一郎が見せた幻の帰りを待ち続ける。

日葵と樹が同時に顔を上げ、ギョッとして目を見開く。

「ちょっと待って、奈子、ごめん! でもここで泣くな!」

「か、茅島さん! 株価暴落しちゃいますよ」

樹が慌てて周囲から奈子を隠すように立ち、ノートパソコンと資料を回収する。

奈子は肩を丸めてうつむき、両手で顔を覆った。
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