婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~





日葵とランチの約束をしたら、メニューは社員食堂の親子丼と決まっていた。

それが最短で仕事に戻れるからだ。
午後十二時半には取引が再開する。

でも今日だけは、半年に一度の贅沢フレンチに変更することで合意した。

会社から少し離れたところにあるレストランで、個室に案内してもらえるし、平日の昼ならほとんど誰にも顔を合わせなくていい。
シャンデリアの光がやわらかなアイボリーの内装を照らし、バックミュージックには甘いドビュッシーが鳴っている。

奈子はサーモンのポワレをナイフで切り分け、向かい側に座った日葵をまつげの下からそっと見た。

日葵はなにも聞こうとしない。
知らないうちにホーズキの社長と婚約していた奈子が突然泣き出したことなんてちっとも気にしていないみたいに、ズワイ蟹のフリットを頬張り、満足そうにうなずいている。

日葵は両親の仕事の都合で幼い頃をアメリカで過ごし、大学生のときは有名投資銀行でインターンとして働いていた。

頭がよくて、ストイックで、謙遜は似合わないし、ちょっとワーカホリックなところがある。
大学時代の実績が認められて入社後すぐにディーリング部門に引き抜かれたこともあり、社内に友だちをつくるタイプではない。

父親がメガバンクの重役でプライベートなことを迂闊にしゃべれない奈子にとっては、日葵のさっぱりとした優しさが心地よかった。
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