婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
「鬼灯グループって、後継問題でしばらくもめてたじゃない。四年半前にホーズキ社長の鬼灯禅が亡くなったとき、会長の京十郎は八十を超える高齢で、長男の宗一郎はまだ二十代だった。ひとまず禅が目をかけていた多々良亮が社長になったけど、御三家企業の代表が全員同時に鬼灯の一族以外で占められたのって、グループの創設以来初めてだったんだって」
急進派の多々良は社長に就任した当時、同族経営からの脱却を目標のひとつに掲げていた。
鬼灯ほどの規模の世界的企業で、いまだに設立者の一族が経営に対して大きな影響力をもっているグループは珍しい。
日葵が肩をすくめる。
「ま、本当のところ、鬼灯禅は経営者向きじゃなかったよね。外国企業との競合も厳しくなって、ここ数年の業績は低迷していた。後を引き継いで社長に就任した多々良も、結局、期待されていたほどには経営を立て直せなかったけど」
たったの四年で社長を交代し、グループの中核を担うあかり銀行との結びつきをさらに強めるというのだから、多々良のやり方からまた逆行していくかのような宗一郎を、批判する声が多いのも事実だ。
「もちろん私は奈子の味方だよ、でも鬼灯宗一郎には同情するな。鬼灯家の長男に生まれるって、どのくらいの重責なのかね」
奈子は黙って小さくうなずいた。
宗一郎が子どもを求める理由も、頭の中ではちゃんとわかっている。
父親の禅が早世してから社長に就任するまで、きっと奈子には考えられないほどの苦労をしたはずだ。
いつか生まれてくるかもしれない子どもが、どう足掻いても鬼灯本家の後継者である以上、なるべく憂慮のないようにしたい気持ちは理解できる。