婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

「喜んでいる顔に見えるか」

しかめ面でソファにふんぞり返っている兄を見下ろして、悠成が肩をすくめる。

「まあ、そこそこ」

宗一郎と悠成はあまり似ていない兄弟だった。

美しく整いすぎてどこか冷たい印象のある宗一郎に比べ、悠成は甘くてシャープな顔立ちをしている。
やわらかそうな癖のある猫毛も、宗一郎の黒髪とは違った。

でも、お互いの考えていることは手に取るようにわかる。

悠成が鬼灯製薬のCSOに就任したのは、宗一郎がホーズキの社長になったのと同時期で、それまでは経営企画部の部長を務めていた。

中央研究所の最新技術を使って、アンメット・メディカル・ニーズでの創薬研究を始め、AIによる調剤を推進し、ホーズキの持つビッグデータと連携して、予防医療や情報解析、オンライン診療などの新規開拓も進めてきた。

経営不振に陥りかけたグループを立て直すため、宗一郎が次になにをしようとしているか、わざわざ詳しく説明してやらなくていい。

宗一郎は勘のいい悠成を気に入っている。
ただ、弟にするのは厄介だった。

ローテーブルの下に長い脚を投げ出すようにして、悠成が向かい側のソファに座る。

「当ててみようか、奈子ちゃんのことだろ」

宗一郎はいっそう凶悪な顔つきになった。

「その呼び方、やめろ」

「はは、やっぱり義姉(ねえ)さんって呼ぶべきかな。でも冷より年下だろ。それで、俺たちにはいつ会わせてくれるの」

「式は三月だ」

悠成が大げさに驚いてのけぞった。

「うそだろ、結婚式まで会わせないつもりかよ。兄貴って小さい頃から、本当に気に入ってるおもちゃは俺たちの手が届かないところに隠すんだ。それ以外ならなんでも貸してくれるのに」

宗一郎は鼻を鳴らしてスマホをソファの上に放った。
奈子が誰の手も届かないところに隠しておける類の女なら、すべてはもっと簡単だったはずだ。
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