婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
ご機嫌を損ねた理由に心当たりがないこともないのだが、奈子は宗一郎をなじることも、目の前でめそめそ泣くことも、離れていくこともしない。
ただ、怒っている。
だからといって、まさかなにもかも打ち明けてひざまずき許しを乞うわけにはいかないし、適当なごまかしは通用しそうもない。
そうなると、さすがの宗一郎もしばらくは手の打ちようがなかった。
「大事にしなよ、奈子ちゃんのこと。京も心配してた」
「悠、そのよく回る口で兄弟の貴重な歓談をするためにわざわざここまで来たのか」
悠成が笑いを堪えながらそばに置いていたバッグを引き寄せる。
鬼灯製薬での最新の研究データが詰め込まれたタブレットを抜き取り、片目をつぶって宗一郎に差し出した。
「ご名答。俺は生まれて初めて思い通りにいかない兄貴を、慰めにきてやったんだよ」
◇ ◇ ◇
奈子が幼い頃から、円卓の騎士でもっとも好きなのはガウェインだった。
緑の騎士の冒険は何度も読んだ。
ランスロットとの決闘にはいつも涙があふれる。
ガウェインとラグネルの結婚の逸話では、セリフをみんな覚えてしまっているほどだ。
奈子はキャメロットの伝説を綴った本を閉じ、そっと棚に返した。
ふかふかのソファに膝を抱えて座り込む。
そしてなんともなしに本棚を眺めるのが、近頃の日課になっていた。