婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
理にかなわないことだとわかっていても、またここへ戻ってきてしまう。
松濤の家の小さな書斎、宗一郎が見せてくれた幻の中へ。
宗一郎との入籍は二週間後だ。
その頃には東京にも雪が降る。
すなわちこれは奈子なりの、精一杯の賭けだった。
もし宗一郎がここへ奈子を迎えにきてくれたら、婚約記事のことはなにも聞かない。
いつかきっと、奈子は欺くべき敵ではないとわかってほしいから。
宗一郎がどれほどの重責を背負っているのか、そのすべてを理解して力になることができないとしても、奈子はいつでも宗一郎を待っている。
(だからどうか、雪が降り積もる前にここへ来て)
奈子は冷たくなった指をギュッと握り、祈るように目を閉じた。
窓を叩く雨の音がかすかに聞こえる。
このまま永遠に凍りついてしまうかもしれないと思いかけたとき、ついに書斎のドアが開き、奈子はハッとして振り返った。
宗一郎がいる。
また仕事を抜け出してきたのか、ダークネイビーのスリーピーススーツを着ていた。
結局のところ、奈子の胸はその姿を見るときゅっと苦しくなる。
「宗一郎さん」
宗一郎が大股で部屋を横切り、手に持っていたチェスターコートを奈子の肩に羽織らせ、暖房のスイッチを入れて振り返る。
腕を組んで本棚に寄りかかった宗一郎は、どこか不機嫌そうな顔をしていた。