婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子はなんとなく頬を染めてつぶやいた。
「べつに、ふつうだけど」
日葵と樹が顔を見合わせる。
奈子は冷たい風が吹いたのをいいことに、マフラーを鼻先まで引っ張り上げた。
樹が大きなため息をつく。
日葵が目をすがめて肘で小突いた。
「なにダメージくらってんの」
「いや、おめでたいですよ。でも茅島さんが結婚って、こう、改めて考えるとじわじわ……あ、もう入籍されたから鬼灯さんなのか。あーあ、慣れないから今度から奈子さんって呼ぼうかな」
日葵が鼻で笑った。
「今の、鬼灯宗一郎に報告してあげる」
ギョッとした樹は顔を真っ青にした。
「壬生さん、本気じゃないですよね」
「さあ、どうだろ」
日葵がきれいにほほ笑むのを見て、樹がぶるりと体を震わせる。
「うわ、今すげえ悪寒がしました」
奈子はいつものようにじゃれあうふたりを眺めて肩をすくめた。
「仕事は旧姓で続けるから、今まで通りでいいよ」
宗一郎の黒いドイツ車は、烏丸証券の本社から少し離れたところにある駐車スペースに止まっていた。
チェスターコートのポケットに両手を突っ込んだ宗一郎が、助手席のドアに寄りかかって待っている。
たったそれだけのことで、奈子は歩道の真ん中で釘づけになっていた。