婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
だけど一度も会いにいけなかった。
そもそも宗一郎は、本当にその部屋で休めているのだろうか。
メッセージを送れば返事はくるけれど、それだけですべてがわかるわけもない。
ちゃんとごはんを食べているのか、どのくらい眠れているのか、宗一郎がなにを考えているのか、それが奈子の知りたいことだった。
(結婚ってこんなものなのかな)
仕事の忙しい宗一郎が過労で体を壊さないように祈っている。
でも本当は、家に帰って二度とうっかり遭遇しないよう、奈子を避けているのかもしれないと不安になる。
宗一郎を疑ってしまったときは、いつもひどい吐き気がした。
それで奈子は言い聞かせる。
本来、宗一郎が家に帰らなくてはいけない理由はないはずだ。
宗一郎は恋をしていないし、奈子のそばにいる義務もないし、婚前契約書にも"外泊は月に三回まで"なんて書いてない。
ふたりは政略結婚だったのだから。
宗一郎と婚約したとき、奈子は松濤の家にきっとひとりきりで住むことになると知っていた。
それなのに今は、夜がくるたびに宗一郎の帰りを待っている。
落ち込みたくもなる。
仕方がないので、ここのところ気分が沈むのはすべて雨のせいということにしているのだった。
けぶるような灰色の空は奈子の寂しさを許してくれる。