婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
烏丸証券の本社、最上階にある社員食堂は晴れた日より混み合っていて、椅子の倒れる大きな音も、ざわめきの中にかき消された。
すばやく立ち上がった日葵が、退屈そうに眺めていたスマートフォンをテーブルの上に放り投げ、バッグの中からタブレット端末を取り出す。
「どうしたの」
奈子は目を丸くしてささやいた。
憂鬱に浸っているせいで食欲がなく、親子丼をあきらめて注文した豆腐と梅じゃこのサラダも、なかなか食べきれないでいる。
「ちょっと待ってね、奈子」
日葵が真剣なので、奈子は素直にうなずいて、残りのレタスを口の中に押し込んだ。
アメリカで育った日葵は集中すると思考が英語に切り替わるらしく、タブレットを操作しながらときどき小声で罰当たりなことをつぶやいている。
奈子はそれをぼんやりと聞き、また窓の外を眺めていた。
その席からは、ホーズキの本社ビルが見える。
「茅島さん!」
大きな声で呼ばれて、奈子はきょとんとして振り返った。
樹がテーブルを避けつつ勢いよくフロアを横切る。
奈子の目の前まで走ってくると、息継ぎをするより先に、握っていたスマートフォンを差し出した。
「多々良亮が、ホーズキに対する株式公開買付を発表しました!」