彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~
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10年後


「麻由子、支度は出来たかい?」
「ええ。これでいい?」

その場でくるりと回ってみせると、将和さんは優しく微笑んでくれる。

「うちの奥さまは今日も完璧だ」
「ふふふ。ありがとう。あなたも素敵よ」
「いつものレストラン予約してるから、行こうか」

今日は私たちの10回目の結婚記念日。
今日は二人きりでお祝い。もうすぐ9歳になる私たちのかわいい息子は実家の母に預けた。たまには二人きりで楽しんできなさいと言われて今夜は私たちはそのままホテルにお泊まりだ。

10周年記念に夫がプレゼントしてくれたのは小樽のガラス工房に特注してくれたステンドグラス調のルームライト。
カラフルなガラスにデザインされたのは『猪鹿蝶』
そう、あの時の勝負を決めた花札の役だ。

花札に勝つために必要なのは勝負勘と駆け引き。それと度胸。



ーーー11年前、私は将和さんの住む静岡に押しかけた。

会社の前で待ち伏せして仕事終わりの将和さんを捕まえたのが午後8時。
それから話をして帰ろうと思ったのだけど、神様のいたずらか新幹線の架線事故のせいで新幹線が止まってしまった。
東京に戻る列車は他になく、新幹線が急に止まってしまった影響なのか駅前のホテルは空室がなく・・・将和さんのマンションに泊めてもらうことになったのだけど。

もちろん、その時は何もなかった。
なかったのだけど、その時のことがきっかけで将和さんは私と結婚を前提とした交際を決めてくれたのだ。


「ねぇ、後悔してない?」
「何を?」
「もちろん、私との結婚。無理矢理ヨメにしてもらったから。今更だけど、本当に、今更なんだけど、ちょっと反省してるの」

レストラン自慢のプロシュートに無花果が添えられているこの前菜は私の好物なのだけれど、今夜はこの返事を聞くまでは手をつけられない。

「あれから10年も経ってるのに、本当に今更だね」
将和さんは驚いたようでワイングラスを持つ手が止まった。

「だって、私が赴任先の静岡に押しかけなかったら、新幹線が止まらなければ・・・あなたは私と結婚しないで素敵な女性と結ばれることが出来たでしょ。独身男性が未成年を泊めたからって責任を取るなんてことしなくてもよかったのに」

「やれやれ」
将和さんがグラスをテーブルに戻した。

「そんなこと言い出したってことは、麻由子自身が俺のことに飽きた?それとも結婚したことを後悔してる?」

「そんなはずないじゃない。私にとって一番は将和さんだもの。もちろん良樹は大事。でも夫はあなただけ」

「だったらどうしてそんなことを言い出したんだい」

「この10年間いろいろあったけど、私は楽しくてあっという間だった。でも、将和さんはどうだったのかなって」

だったら離婚する?なんて言われたらどうしようとビクビクしながら将和さんの様子を窺う。

「・・・ホントに君って子は」
将和さんはふうっと息を吐いた。

「麻由子、俺は一度も後悔したことはない。結婚するときに言ったと思うけど、記憶にない?」

大切にする、と言ってもらった記憶はあるけど。

「仕方ないな、この話は部屋に戻ってからしよう。今夜は特別な夜だから麻由子に喜んでもらおうと特別な料理を頼んでるんだ。俺は後悔してないし、俺の一番も君なんだから安心してディナーを楽しんで」

グラスを持つように促され手に取ると、
「俺たちのこれからに乾杯」と将和さんが穏やかな笑顔を見せてくれた。



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