政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい


蓮見さんへの確認は白崎に任せ、インターホンの通話ボタンを押す。
モニターに映った女性は〝柳原〟と名乗り、ハウスクリーニングの社名を口にした。

それが蓮見さんから事前に聞いていたものと一致したので、少し胸がざわざわしながらもオートロックを解除した。



玄関で私が迎え入れても、柳原さんは驚いた顔はしなかった。

「宮澤……じゃなくて、蓮見です。今日はよろしくお願いいたします。あの、スリッパよろしければ……」
「いえ、用意してきているので結構です」

私の申し出を遠慮した柳原さんが、大きな肩掛けバッグの中からスリッパを取り出す。
プロともなるとスリッパ持参なのか……と感心しながらも、出しかけたスリッパを元の場所にしまった。

柳原さんは動じた様子はなく普通なので、私のことはもしかしたら覚えていないのかもしれない。
だとしたら、わざわざ言う必要はない気もする。言っても、名字の件で罪悪感を与える結果になるかもしれない。

いや、でも、もしも〝レイドバッグホームズ〟の家を気に入って見学なり打ち合わせに来る可能性を考えると、ここで挨拶をしておいた方がいい気もする。

難しい二択に頭を悩ませながらもリビングの中央まで来たところで柳原さんを振り返った。

蓮見さんは以前からここに住んでいたという話だ。
一年半も蓮見さんの担当をしている柳原さんは、この家に関しては私よりも詳しいだろうし、私がなにか言う必要もない。

なので「では、本日はよろしくお願いいたします」と軽く会釈をしたのだけれど、柳原さんはリビングダイニングを見回していて返事はなかった。


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