政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい


「まぁ、仕事は好きにすればいい。ただ、仕事のあと昨日みたいに夕食を作るのは大変だろうから、適当にデリバリーを頼んでもいいし必要ならハウスキーパーに……」
「いえ。問題ないのでお気遣いなく」

手料理地獄で音を上げてもらう計画でいるのだから、そういうわけにはいかない。
強く拒否してから、洗面台の鏡の下の方にぶら下がっている歯ブラシホルダーに気付いて眉を寄せた。

「あの、これは……」

そこには入れておくだけで除菌される歯ブラシホルダーがある。
それは同居初日の日曜日からあったのだけれど、蓮見さんの黒い柄の歯ブラシの隣に、今まではなかったピンク色の歯ブラシがぶら下がっていた。

「必要だろうからこちらで用意した。今使っている旅行用のものよりいいだろ。どうしてあれで事足りると思ったのか理解に苦しむ」

私はここに来てから旅行用の歯ブラシを使っていた。
たしかに家で旅行用歯ブラシを使い続けるのは私だって理解に苦しむ。

でもそれはすぐ帰るし、という考えからで意地にも近かったのだけれど……まさか用意されるとは思わなかった。

仲良く並ぶ歯ブラシがなんとなくそれっぽく見えて気持ちが重たくなる。

政略結婚なのに歯ブラシを並べる蓮見さんがおかしいのか。
それともそんなところにまで〝いずれ結婚したら〟なんて夢を抱いていた私がおかしいのか。

文字通り他人なのに、寄り添う歯ブラシが滑稽に見えて仕方なかった。


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