エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 売店に九九カードは売っていないと言われたからか、はたまた旦那さまという言葉が効いたのか千春は大人しく彼女に従った。

『ちゃんと寝てて下さいかよ!』

 やや乱暴にドアを閉めて、女性は廊下を歩いていく。その姿が見えなくなってから、清司郎は千春の病室のドアを開けた。
 塾用の鞄の底に入れてあった予備の単語カードを差し出すと、最初千春は躊躇したが、清司郎が"やがみ先生"の息子だと名乗ると、恐る恐る受け取った。そして清司郎がカードに九九を書いてやると、嬉しそうに頬を染めてパラパラとめくり始めたのだ。
 父には、すぐにバレた。

『先生のとこのお兄ちゃんに九九カードをもらったと言って、喜んでたぞ。お前、意外に優しいじゃないか。ちょうどいいから、ちょくちょく行って千春ちゃんの勉強をみてやってくれ』

 からかうようにそう言った父の言葉を本気にしたわけではなかったが、清司郎は時間を見つけて千春に会いに行くようになった。
 始まりは完全に同情だったように思う。
 広いベッドにぽつんと座り『また来てね』と寂しそうに言われて放っておくことなどできるわけがない。
 家から病院は徒歩圏内、塾に行く前に少し寄るくらいなんでもないことなのだから。
 でもすぐに、清司郎自身彼女との時間を、楽しむようになっていった。
 清司郎が作った算数のプリントを目を輝かせて取り組む姿、出来上がりを得意そうに差し出す姿が眩しかった。
 清司郎にとって千春との時間は、友達にも言えない受験勉強の合間のちょっとした息抜きだった。
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