エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 俺たちはキスのひとつもないまま結婚して、ただでさえ普通とは違う。
 それに加え、なにもかも初めての澪に、これ以上は心身ともに負担をかけすぎる。

「大丈夫? 今、なにか飲み物を」

 一度自分も頭を冷やそうと、澪から離れようとした矢先、彼女は俺の服をきゅっと摘まんだ。

 動きを制御され反射で澪を見ると、彼女は潤んだ瞳でなにか訴えるかのごとく視線を向けてくる。
 その目は決して怒っているものではなく、むしろねだるような……。

「ミイ、ごめん。そういう可愛い真似するの、マジで勘弁して……。自制するにも限界がある」

 俺は項垂れて吐露する。情けない姿を見せて不本意ではあったが、それよりも澪の顔を見続けていたら我慢がきかなくなりそうで、苦渋の選択だった。

 法的に……ちゃんと双方の想いを確かめて、すでに夫婦となっている。
 恋人で夫婦なら、特段おかしなことではないというのは自分に都合のいい解釈だ。

 ちゃんと冷静になって考えろ。
 年上の俺でさえ、澪に対して明らかに小さい時と違う感情を抱く自分にまだ戸惑っているっていうのに。急な進展は澪を委縮させるかもしれない。

 下を向いて精神統一していると、澪は俺の思考などお構いなしに再び距離を詰めてくる。

「どうして自制する必要があるの? 結婚までしたんだから別に」
「だって、ミイは明らかに初めてだろうだから」

 つい余裕がなくなって、頭で考えていたことをそのまま口に出してしまった。
 はっとするももう遅く、澪を見れば傷ついた顔をしている。

「いや、今のは違う。誤解しないで」

 慌ててフォローするも、澪の耳には届いていないみたいだった。
 彼女は下がりそうな口角を懸命に上げて、無理に笑顔を作ってぽつぽつと零す。

「やっぱり私、重いよね……。知ってる。そういう女性って男の人にとって扱いづらいっていうのは」

 急に自分が澪の視界に入っていない不安感に襲われて、俺は澪の両肩に手を置いて真摯に答える。

「そうじゃない。怖がられたりしたくないんだよ。間違って恐怖心とか苦手意識とか植えつけたりでもしたら!」

 澪は驚いた表情でこちらを見つめている。

「俺なりに大事にしたいと思ってのことだから。重いとかそういう風には思わないよ。正直……うれしい」

 誰だって、気持ちを寄せてくれていたと知ればうれしい。

 とはいえ、年甲斐もなくなにを言ってしまったのかと、後から羞恥心がやってきて、堪らず片手で顔を覆った。次の瞬間、ソファの上に押し倒される。

「わっ」

 ふいうちで力をかけられ、あっけなく仰向きになってしまった。

 俺を見下ろす澪は、口を一文字に結び、眉根を寄せている。
 そうして勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
< 92 / 138 >

この作品をシェア

pagetop