外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
対面して腰を落ち着かせると、彼は丁寧に名前を名乗る。届を私の前に広げてすっと出し、その上に置かれたペンがコトッと音を立てた。
「さっき窓口のほうで話しているのが少し聞こえてきましたが、無くなったのはカメラだと」
「あ、はい。宿泊中の部屋に置いておいたものだったんですけど」
「少し前に、警察の方からマーレのホテルで空き巣が多発していると情報が入ってきたところで。あなたのカメラも、その被害に遭われた可能性がありますね」
「はい、そうみたいです」
「一緒に仕事で来ている仲間には、被害はなかったのですか?」
「仲間? あ、仕事には私ひとりなんです。フリーでカメラマンしているもので」
複数人でモルディブに滞在していると思われていたのだろう。
単身で滞在中だと言われた大河内さんは、「おひとりだったんですね」と意外そうな反応をみせた。
「でもまぁ、考えようによっては、カメラで良かったのかなって。パスポートとか、お金だったら大変なことになってましたから」
努めて明るい口調で答えてみせる。
笑顔を見せて「不幸中の幸いです」なんて言い、落ち込む気持ちを誤魔化した。
「良くはないでしょう。カメラ、大事な仕事道具なのでは?」