過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
しばしの無言の後に、彼の方が先に口を開いた。

「ああ、警戒しないで。なんなら、一夜限りの呼び名でもいい。君に話しかけるのに知りたいんだ」

なんだか、こういう場で女性に声をかけるのに慣れた言い回しだ。どことなく甘さを含んだ声音がその証拠だろう。
一夜だけの付き合いなど、彼にはよくあることなのかもしれない。これだけかっこいい人なら、相手を見つけるのも苦労しなさそうだ。

でも、私にそんな気はさらさらさらない。

ただ、ごまかして店を出ようにもこの席は出入り口から一番遠く、壁と彼に挟まれてしまっている。酔いのまわった状態で、この狭い間をうまくすり抜ける自信はあまりない。
おまけに、この距離間で無視なんてできないし……。

「……美香」

いくら考えても、所詮酔いのまわった思考は正常ではない。かろうじてフルネームは言わなかったものの、結局は本当の名を教えてしまっていた。

「美香、ね。了解。俺のことはそうだなあ……拓斗(たくと)とでもしておこうか」

この口ぶりだと、本名ではないのだろう。やはり初対面の女性とのやりとりに慣れているに違いない。

拓斗と名乗ったこの男性は、はたして大丈夫な人なのかとマルクに視線を向けた。彼もこちらの様子を気にしていたようだが、その視線は私の隣の男性ばかりに向けられている。
ここは拓斗の狩場だったのだろうか? もしかしたらマルクは、拓斗と名乗った彼に対して何か思うところがあったのかもしれない。面倒ごとは起こしてくれるなとか。

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