過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「ほら、美香。これ、おすすめだから食べてみて」

早速名前を呼び捨てられて、ドキリとしてしまう。
拓斗は自身が頼んだ料理を私に勧めてきた。ガレットにウインナー、サンドウィッチまである。それらを私の前に並べていく様子からは、こちらを酔わせてしまおうという意図がまったく感じられなくて戸惑いを感じた。

「お腹、すいてない?」

一夜の誘いにしてはおかしな流れだ。でも、それに乗るつもりのない私にはちょうどいい。正直、アルコールよりも料理を食べたいと思っていたところだったから、並べられたお皿にありがたく手を伸ばした。

食事をしていると不思議と会話が弾むもので、気付けば私と拓斗は身バレしない程度のあたりさわりのない会話から、少しずつプライベートを感じさせる内容を口にしていた。

「そう。東京で働いてたんだ。俺と同じだ」

お腹が満たされて再び飲み始めたアルコールに、ますます警戒心が薄れていく。〝日本〟なら大した個人情報じゃないという感覚でいたのが、あれだけ人の溢れている〝東京〟なら明かしても問題ないだろうと油断が生まれた。

「もうしばらくしたら帰国するんですけど……」
「帰りたくないの?」

わずかに震えた私の声に、拓斗は何かを感じ取ったのかもしれない。

「……わからないです」

帰国して、朔也と話がしたい。別れを告げられてからずっとそう思っていたはずなのに、いざ日本へ帰りたいかと聞かれると、なぜか素直に頷けない。帰りたいはずなのに、帰るのが怖い。

もしかしたら、対面した途端に朔也から冷たい言葉を投げつけられるかもしれない。それ以前に、会ってもくれない可能性だってある。そんな態度を目の当たりにして、私は耐えられるだろうか。
会いたいのに会いたくない。矛盾した思いに、自分はどうしたいのかが見えなくなってしまう。

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