過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
最悪な場面を想像して、思わず涙が滲んできた。目元を手で拭う私を見ている拓斗の視線を感じる。
泣き出すなんて、面倒な女だと思っているのかもしれない。それならこちらとしても好都合だ。今夜はこれでお別れにすればいい。


「何かあったの?」

見限って帰るものだと思っていたけど、どうやら違ったらしい。私が落ち着く頃を見計らっていたのか、しばらくすると再び拓斗が声をかけてきた。
聞いてもおもしろい話など何もないのに、隣の彼は変わらずわずかに体をこちらへ向け続けている。

「よかったら、聞くよ。吐き出すだけでも楽になるかもね」

誰かに話したら、本当に楽になるのだろうか。それはわからないものの、本当は聞いて欲しかったのかもしれないという気になってくる。

パリに来てから仕事ばかりだった私には、友人を作る機会がなかった。知り合った人たちは、あくまで仕事上の付き合いだけ。
それに多少フランス語が話せても、やはり完全な意思の疎通は難しい。そんな関係性で、親友のように心を許せる相手を持てるはずもなかった。

朔也や久々莉、友人らと連絡を取り合ったとしても、時差が大きいためにじっくりと話せない。だからこの七カ月余りの間、少しだけホームシックになった時も、うまくいかなくて落ち込んでいた時も、すべて自身の中で解決してきた。

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