何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【後編】

次の日

「天音…。」
「え…。」

今日もボンヤリと外を見ていた天音に話かけてきたのは、士導長だった。

「何を見ておるんじゃ?」
「…ハナミズキ…。」

天音は窓の外に散りゆくハナミズキを、ただボーっと眺めていた。

「ハナミズキか。だいぶ寒くなって、散ってしまったのう。」
「…まるで雪みたいだったんです。」

天音が儚げにポツリとつぶやいた。

「雪…か…。」
「知っていますか?白くて冷たい…。」

まるで天音は、それを知っているかのように話しだした。
どこか昔を懐かしむように。

「聞いた事はあるの…。昔は一年のうちその雪が降る時期があったとか。」
「どうして雪は降らなくなったんだろう…。」

天音はどこか上の空のままで、独り言のようにつぶやいた。

「この世は一定の気候になったからのう。」
「私…雪をどこかで見た事がある気がするんです…。」

士導長もまた、少し寂しそうに天音の方を見た。
しかし、そんな答えなど求めてはいない天音の目線は、どこか遠くを見ているようだ。

「…ここ300年位は、私達の行ける場所でそのようなものを見た者は、いないはずじゃよ。」

士導長は諭すように、そっと天音にその事を伝えた。
この国では、雪が降る事はない。
それが現実。

「…また夢か…。」

そんな天音の横顔は、士導長にはとても儚げに映っていた。
またひとつ、現実が彼女につきつけられた。
いつだって、理想と現実は違うもの。
それは、嫌というほど天音にもわかっていた。

「天師教様も言っておられた。」

そんな天音を見て、士導長はどこか懐かしむようにゆっくりと口を開いた。

「え…」
「私が、雪の話をしてさしあげた時、どうしても雪が見たいとだだをこねられた。」
「へー。」

そんな話を聞いた天音の表情は、どこか少し安心したように綻んだ。

「天音。」

士導長は再び天音の方へと視線を送り、その名を呼んだ。

「…なんですか?」
「ちょっとワシに付き合ってもらえんかの?」

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