何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【後編】
『ねえ辰!お母さんは!!』
幼い天音は、辰に手を引かれていた。
『…お母さんは?』
そしてその潤んだ瞳で、もう一度辰を見つめた。
『辰、どこに行くの?みんなに言いに行こうよ!お母さんは、魔女なんかじゃないって!!』
天音の真っすぐな瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
グイ
辰はその小さな手を握る自分手に力を入れた。
『痛いよ!』
天音が思わず叫んだ。
『天音、悪い。もう戻れないんだ。』
『なんで!!』
天音は唇を噛みしめ、必死に泣くのをこらえている。
まだ泣いてはいけない…。何かが彼女をそうさせていた。
『お前は、しばらくこの町で暮らすんだ。あの町には、もう戻っちゃいけない!!』
そんな辰も天音と同じように、唇を噛みしめる事しかできない。
『や、やだ!』
『お母さんは死んだんだ。』
辰が仕方なく、その一言を低い声で絞り出した。
もちろん辰もそんな言葉を口にはしたくはない。そんな現実を認めたくなどない。
しかし、今ここで取り繕ってウソを吐いた所で、何も変わらない。
『や、やだよー!』
もう天音の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
受け入れなければいけない現実が、彼女の目の前に突きつけられているのは、彼女が一番よくわかっている。
『この教会に頼んである。いいか、ここで暮らすんだ。お母さんの事は一切話してはだめだ。』
『た、たつは?たつはどこに行くの?』
その小さな瞳が揺らいだ。そして、彼を真っ直ぐ見つめている。
『俺には、やらなきゃいけない事がある。』
『やだよー!たつー!』
とうとう天音は、大声で泣きだした。
彼女が駄々をこねるのも無理もない。天音はまだ5歳。
この過酷な現実を受け入れ、一人で生きていくにはまだ幼過ぎる。
『必ず迎えに来る。だから、それまで…。』
『うわーん!』
—————天音。祈りなさい…。寂しい時、悲しい時、祈りはきっとあなたを救ってくれる。
「zzzz」
その日、天音は何日かぶりに、深い眠りについた。
マリア像に見守られながら…。