エリート警視正は偽り妻へ愛玩の手を緩めない【極上悪魔なスパダリシリーズ】
俺は苦い思いで顔を手で隠し、腹の底から深い溜め息をついた。
彼女もバツが悪いのか、プイッと顔を背けてしまう。


――ったく、面倒くさい。
どうして俺が、見ず知らずの人間から、いやらしい視線を向けられなきゃならない。


俺は、苛立ち紛れに、前髪を掻き上げた。
いっそ、このまま彼女を置き去りにして、引き返そうかと思った。


実際、あの男をおびき出すには、彼女をひとりにした方が効果的だ。
俺は尾行して、見張っていればいい。
しかし……。


「……ほら。早く来い」


俺は彼女に右手を差し伸べた。
しかし、歩は拗ねているのか、こちらをチラリとも見ずに黙っている。


「水族館、混むぞ」


彼女が楽しみにしていた水族館で釣って、機嫌を取ろうとした。
それでもなお、そっぽを向いたまま。


「……歩」


結局俺は、白旗を掲げた。
先に変なことを指摘されたせいで、ただ名前で呼ぶだけのことに、妙な気合がいった。
歩は、まるで焦らすように一拍分の間を置いて、


「……はい」


俺の手を取った。
俯き、俺を見ようとしないが、機嫌は直ったようだ。
照れ隠しなのは、見下ろした耳朶が赤いのでわかる。


名前で呼ばれたくらいで、いったいなにがそんなに嬉しいのか、さっぱり意味がわからない。
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