身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
その日の十九時。閉店直前に店に入ってきたのは仁だった。

なにも聞いていなかった椿は驚いて硬直し、母は慌てて「京蕗さん! こんな時間にわざわざいらしてくださったんですか」と店の入口に飛んでいく。

「今朝は一方的なご連絡を失礼致しました」

「とんでもない、ご丁寧にお電話をくださってありがとうございました。椿のお世話もしていただいたようで――ほら、椿! なにをぼうっとしているの。ご挨拶なさい」

母から呼び立てられ、椿は慌てて母の隣に立ち、仁に向かって腰を折る。

「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「いえ。それより、体は問題ありませんか?」

誠実な面持ち、ソフトな喋り口調――仁の態度は今朝とまったく違っていて、あまりの二面性に恐ろしいとすら感じた。

それでも菖蒲との確執のせいか、以前のような親しみやすさは見せてくれない。 

「はい。おかげさまでよくなりました」

正直、腰の筋肉痛が増してきてつらいのだが、表には出さず落ち着いて答える。

仁は椿の頭のてっぺんから足の先までするりと視線を流すと、問題ないと判断したのか、今度は母に向き直った。
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