身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
ギクリとした父は、慌てて言い繕う。

「いえ、決して質が悪いわけではございませんが、京蕗さんには高名な作家が手掛けた由緒正しいものを身に付けていただきたいと……」

そう言って父が持ってきた帯は、この店で一番高額で価値のある品だ。菖蒲であっても、きっとそれを選ぶだろう。

だが自分らしいチョイスではないと感じた椿は、父に反論する。

「確かに伝統的だし由緒正しいものではありますが、仁さんにありふれた価値観のものは勧めたくないんです」

「『ありふれた』とはなんだ、みなせ屋一の逸品だぞ!」

「そういう意味ではなくて」

お金さえあれば誰でも仕上がるコーディネートに何の意味があるというのか。

せっかく仁が和装に興味を持ってくれたのだから、かけた金額で決まってしまうような『ありふれた』着こなしを勧めたくない。

「誰が選んでも同じ着こなしでは、私が選ぶ意味はないと言っています。伝統に囚われて型にはまって欲しくないのです」

それに、椿の選んだ帯は意匠こそ斬新ではあるものの、伝統的な技法を使った逸品であることは確かだ。仁を飾るに遜色はない。

父はぐっと喉を鳴らす。せっかくの上客に高いものを売りつけんでどうする!という怒りの声がテレパシーのように伝わってきた。

しかし、仁が静かに父を牽制する。
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