身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
それは、椿の知る優しくて誠実な仁が口にするとは思えない台詞だった。

自身に対する呼び方も、いつの間にか知性的な『私』から高慢な『俺』へと変わっている。

椿は心のどこかで許されることを期待していたのかもしれない。

かつてのように、優しく穏やかな笑顔で接してもらえると信じていた。だが――。

「……どうした。脱がされたいのか?」

仁は腕を組み、指先を苛立たしげにとんとんと上下する。

やがて我慢が限界を迎えたのか、椿に背を向けた。

「嫌ならさっさと帰ることだ。代わりなどバカげた真似はやめろと父親に――」

「いえ」

椿は震える手で帯締めを解いた。簪を抜き、髪留めとともに部屋の端にある鏡台に置く。

仁は振り返り、若干驚いたように目元をひきつらせた。

「……脱ぎ、ます」

そのために椿はここに来たのだから、今さら拒んではならない。そう強く自分に言い聞かせる。

相手が仁であったことは幸いだ。かつて椿の憧れだった男性なのだから。

今はと言われれば――この冷酷な眼差しを前にして、好きだと言える自信はないが。

「意地を張るな、震えているくせに。くだらないことはやめて――」
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