身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
孕んでしまえば、それこそ仁と結婚をするしか道はなくなる。椿は生活的な安泰こそ得られるが、自由は永遠に失われる。

だが仁の腕の中にいる椿は幸せそうだ。体を重ねているその瞬間だけはすべてを忘れ、女性として幸せを謳歌することができるのだろう。

それからというもの、自分に尽くす椿の真面目さに付け込み、幾度となく抱いた。

いい加減、彼女を解放してやらなければならない。

そう思いつつも、仁はいつの間にか彼女を手放したくないと思うようになっていた。

『……愛している、椿』

ベッドの中で囁いた言葉は、果たして彼女の心に届いたのかどうか。

当の椿は疲労が限界を越えたのか、快楽で朦朧としているのか、ぼんやりとしていて夢うつつ。

かろうじてふんわりと微笑んでくれたが、目が覚める頃には忘れているかもしれない。いや、忘れてくれていい。

――こんなやり方しかできない俺を許してくれ。

まだ仁は、椿の人生を背負いきれず迷っている。彼女にとって真の幸せとはなにか、ずっとわからないままだ。



そして今日、椿は菖蒲と同じ装いで仁のもとを訪れた。

『君は君でいい』と言ったはずだ。姉の呪縛を解いていくはずが振り出しに戻り、仁は落胆した。

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