朔ちゃんはあきらめない

 日曜日のテーマパークは混みに混んでいる。アトラクションの待ち時間が1時間越えなんてざらだ。
 テーマパークへ向かう道中では、いったいどうなることやら、と思っていたが、蓋を開けてみれば長い待ち時間も苦にならないほどの楽しい時間を過ごせていた。それも偏にのぞみさんのお陰だと思う。
 のぞみさんは第一印象そのままのとても気持ちの良い人だった。話題も豊富だし言葉選びが丁寧で、人を不快にさせる要素がなかった。知れば知るほど素敵な人だと思う。だからこそ、顔を合わせたときから不機嫌な態度を貫いている旭さんが不思議でたまらなかった。

 お昼にしようか、と少し遅めの14時前にやっとレストランに入った。ほとんどの人はすでに昼食は済ませたみたいで、パーク内の人口と対照的にそこはがらりと空いている。
 入り口に立てかけてあったメニュー表で注文する料理は決めていたので、朔ちゃんが「まとめて注文してくるよ」とカウンターに向かう。「僕も行ってくるね」と旭さんが後を追ったので、テーブルにはわたしとのぞみさんの2人だけだ。
 もしかしてこれってチャンスでは……!?と閃き、旭さんがこちらに背中を向けた隙に「のぞみさんって、2人の幼馴染とか?ですか?」と問いかけた。待ち時間の話題の中で、恐らく幼い時からの知り合いだろうと見当はつけていたのだ。

「そうそう!あれ?聞いてなかったの?」

 やっぱり。思った通りの返事に「今初めて聞きました」と返せば「説明してなくてごめんねー」と全く悪くないのぞみさんが謝ってくれた。

「いえ、全然!幼馴染っていいですね。わたしいないので」
「そうなんだ!……まぁ、今日こうやって一緒に遊べたのは嬉しいね。私、来年には就職で引っ越すからさ」

 そうか。のぞみさんは旭さんの3歳年上の大学4年生である。就職まであと半年ほど。そんなのあっという間だろう。旭さんはどうか知らないが、のぞみさんに懐いている朔ちゃんは寂しいだろうな、とここからでも目立つ青い髪を見つめながら思った。

「ね、ひまりちゃんは旭の彼女なの?……それとも朔?」

 普通の声量でも2人に聞こえる距離ではないと思うが、のぞみさんは声を潜めながらわたしに問いかけた。わたしが彼らとのぞみさんの関係がずっと気になっていたように、のぞみさんもそうだったのだろう。

「……いえ、どちらの彼女でもないですよ。わたしの片思いです」

 誰に、とは言わなかった。きっとのぞみさんにはバレているような気がしたからだ。案の定のぞみさんは「旭は難しいよね……」と苦笑いをこぼした。幼馴染でもそう思うのだから、やはり余程なのだろう。

「旭さんって今まで彼女いたことあるんですか?」
「うーん、私も全部知ってるわけじゃないからなぁ……」

 そりゃそうか。幼馴染といっても旭さんのあの態度を見ていれば、のぞみさんに恋愛ごとを逐一報告していないことは明白である。わたしが「そうですよね」と小さく微笑めば、「でも、ひまりちゃんは旭の好きなタイプだと思うよ」とのぞみさんはまたこっそりと教えてくれた。

「ほんとですか……?」
「うん、ほんと!清楚で可愛らしい子、好きだもん」

 清楚系というだけで実際はそうではないのだ。旭さんと体の関係を続け、それに頭のてっぺんまでズブズブに浸かっている。そんなわたしを旭さんは好きになってくれるかな。のぞみさんの裏表のない純粋な笑顔がわたしの心に深く残った。




 のぞみさんは別れ際までのぞみさんだった。「楽しかったー!ほんとありがとね」と強く握ったわたしの手をブンブンと勢いよく上下に揺らし、「じゃあ、またね」と颯爽と人混みの中へと紛れて行った。彼氏の家へ行く、と言っていたので少しでも早く会いたいのだろう。それはのぞみさんの早足が物語っていた。

 3人になったわたしたちの間には微妙な空気が漂っている。このまま帰るにも、夜ご飯を食べるにも僅かに早い時間だ。友達とならカフェにでも行って時間を潰すところだが、このなんとも言えない微妙な3人ではこのまま解散かな。となんとなく考えていると、旭さんが「約束あるからもう行くね」と唐突にわたしたちの元を離れた。
 約束って、それ絶対女の子とじゃん!え、やだよ。それならわたしとしようよ、という考えの元、旭さんを呼び止めようとしたとき。それを阻止したのは朔ちゃんの白い手だった。
 腕を掴まれ思わず振り返ったわたしに、朔ちゃんが「やめとけよ」と明確な言葉で押し止める。それでも「でも……」と未練を表したわたしに、「まじで酷いことされるぞ」と脅しの言葉を繋げた。
 朔ちゃんは優しい。強めの声音とは裏腹にわたしが傷つくことを心配している。朔ちゃんは優しい。未だに掴む手も、わたしが力を込めれば抵抗なくするりと抜けてしまいそうなほどの強さだ。
 わたしはその優しさに応えようと「わかった、追いかけない」と諦めの言葉を口にした。それを聞いた朔ちゃんは、あからさまに安心した表情をする。優しい朔ちゃん。

 だけどね、朔ちゃん。わたしは酷いことをされたいのだ。爆発してしまいそうな感情を性行為に隠して誰かにぶつけるなら、それはわたしがいい。他の誰でもないわたしを選んでほしいのだ。
 そう言えば、朔ちゃんは理解できないとでもいう風に顔を歪めるだろうか。
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