婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
 お兄様の事故で、社長であるおじい様の気力が落ちて、フェラーラの城にこもってしまっているそうだ。

 亜嵐さんの肩にすべてがのしかかっていて、彼が心配だ。だから余計に理解している婚約者として務めた。

 お兄様はミラノの病院に転院し、火傷や骨折もよくなったそうだが、なかなか目覚めてくれない。

 亜嵐さんがミラノへ戻ってからもうすぐ二カ月が経つ。

 七月初旬、うっとうしい梅雨の夜。亜嵐さんから電話をもらい、お兄様がミラノ郊外の療養所に移されることになったという。

「亜嵐さんの体は平気ですか?」

《ああ、問題ない。もうすぐ夏休みだな。帰国したいのはやまやまだが、まだ目途が立っていないんだ。すまない》

「ふふっ、最近の亜嵐さんは謝ってばかりですよ。私のことは気にせずに、がんばってください。私こそなにもできなくて……」

 強がりだった。ここで〝今すぐ会いたい〟などと言っても仕方がないのだ。

《一葉、愛している。会いたい。だが、こっちに来てもらってもひとりにさせると思うと、来てほしいとは言えないんだ》

「うん。わかっています。私も……」

《私も……? なに?》

 耳に亜嵐さんの楽しげな声がくすぐる。

 わかりきっているのに、私に言わせたいのね。

「今度会ったときに言いますね」

《なんだ、今度か。わかった。たっぷり伝えてくれ。じゃあ》

 笑って通話が切れた。

 七時間の時差があるから、向こうはまだ十四時を回ったところだ。平日だから仕事の途中で電話をしてきてくれたのだろう。

 私の大学生活最後の夏休みはというと、イタリア語教室を週三回、料理教室とお菓子教室にも通い、家のアルバイトをしながらなので、なかなか忙しい。

 料理やお菓子を教えてもらっているときは、常に亜嵐さんに食べてもらうところを思い描いている。

 和歌子おばあ様の書籍は、読み進めていくうちに自伝小説のように感じ始めていた。

 日本人女性がイタリアの貴族と結婚したが、心の中ではいつも日本を思い、親友へと思いを馳せる。その親友は祖母だろう。

 小説では子ども同士を結婚させていた。現実では息子同士になってしまい、孫たちを引き合わせたのだ。

 なかなか日本へ戻ってこられない亜嵐さんは時折、プレゼントを送ってくれる。

 罪悪感があるのだろう。そんなふうに思わないでほしいのに。

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