冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 興奮で全身がかすかに震えていた。吉永沙良は蝶子がもっとも好きな翻訳家なのだ。原文のニュアンスを損ねることなく、美麗な日本語でつづられた彼女の文章を前にすると、感嘆のため息しか出ない。表現力とユーモアセンスも突出している。

(吉永先生にお会いできるなんて! きっと文章と同じく、たおやかで素敵な女性なんだろうなぁ)

 その夜、蝶子は帰宅した晴臣に早速その話をした。

「憧れの先生なんです。お手伝いできるなんて、光栄すぎて震えます」

 蝶子の素直な言葉に晴臣は目を細める。

「君が翻訳の仕事に興味を持っていたとは知らなかった。よかったな、がんばれよ」
「はい! あ、でも……院が終わったあとに先生のオフィスで仕事をすることになるので、帰宅が遅くなって食事を作れない日が出てきてしまうかも」

 心底申し訳ないという顔で蝶子は晴臣を見あげる。晴臣が手料理をおいしいと食べてくれることは、蝶子の幸せでもあったのだ。晴臣はそんな蝶子の頭を優しく撫でながら答えた。

「君はうちのお手伝いさんじゃないんだ。そんなことを気にする必要はない」
「ありがとうございます、晴臣さん。憧れていた翻訳の仕事、最初で最後だと思うので全力でがんばります!」

 
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