冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「君たちの翻訳の能力にはたいして期待してないけど、シェイクスピアには俺より詳しいだろ。そっちは期待してるからさ」

 沙良の仕事ぶりはさすがのひと言だった。期待していないと言ったわりに、真琴や蝶子の仕事にも一切の妥協は許さない。

「あのね、ただ直訳するだけならそこらの大学生でもできるんだよ。そんなのは翻訳とは呼べない。頭を使え、蓄えてきた知識と語彙力を総動員しろ」
「は、はい!」

 蝶子は必死で彼に食らいつく。とても厳しいが、楽しくてたまらない。無意識のうちに蝶子の頬はゆるんでいた。

「はぁ~」

 沙良のマンションを出ると、真琴と蝶子は同時に大きく息をついた。だが、その表情は対照的だ。充実感に瞳をキラキラと輝かせている蝶子と違い、真琴はげっそりしている。

「翻訳にあんまり興味のない私にはしんどいのひと言だわ」

 真琴は正直にそうこぼした。数か国語を自由に操れる彼女は、常々『文献は原文で読むのが一番』と言っている。
「それなら、真琴が担当の日もできるだけ私が引き受けようか?」

 今日はふたりとも手伝いに入ったが、基本的にはシフト制で交互に入る予定になっている。真琴さえよければ、蝶子はもっと彼のそばで仕事がしたかった。
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