冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「いいの? 助かる~」

 羽柴への義理だけで引き受けた真琴は蝶子の手をぎゅっと握って、頭をさげた。

「うん。私は本当に楽しかったから」

 真琴は目を丸くした。

「あの苦行を楽しいと思えたなら、翻訳家は蝶子の天職だと思うわ」

 真琴が苦行と言ったのは、沙良の出した課題のことだろう。彼はある簡単な一文を『三十通りに訳せ』と言ったのだ。つまずくようなら、翻訳の仕事には向かないとも言っていた。

 翌日。

「あれ、今日も蝶子ちゃんなの?」

 部屋を訪れた蝶子を振り返り、沙良は言う。

「ごめんなさい、真琴は研究室のほうも忙しくて」

 蝶子の言い訳を沙良はすぐに見抜いたようだ。にやりと唇の端をもちあげて笑う。

「翻訳に興味があるのは君だけってことね。なら、彼女には資料調査なんかの仕事をお願いすることにしよう。翻訳にかかわるものは、蝶子ちゃんの仕事だ」
「はい!」

 任せてもらえることがうれしくて、蝶子は頬を紅潮させて返事をする。だが、彼はすぐにぴしゃりと釘をさす。
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