冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 いつもの彼らしい軽い声だ。それにもかかわらず、ぐさりと蝶子の胸をえぐる。

「いや、毒とか、そんな……」

 毒親という単語自体を聞いたことはあったが、自分がそうだなんて考えたこともなかった。いや、あえて気づかないふりをしてきただけかもしれないが。
 沙良は決して目をそらさない、すべてを見透かすような瞳が蝶子をとらえて逃さない。静かな声で彼は続ける。

「隠すことないよ。人と接するときの視線とかね、ちょっとしたことでわかるんだ。俺も同じだったから」
「え?」

 俺も同じ、その言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。沙良はくすりと笑って小さく肩をすくめた。

「俺の母親はね、女の子が欲しかった人。男である俺を決して認めようとはしなかった」

 なにもかもを諦めたような虚無を宿した目で彼はぼんやりと宙を見ている。彼は椅子から立ちあがると、蝶子のもとへゆっくりと歩いてくる。いつもの彼とは全然違う、ひやりとした空気をまとって。
< 120 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop